213話  雨はともだち


 雨がどっぷり降って、大雨警報や洪水警報が発令されたとき、もちろん川に行ってはいけない。それより河川情報を見て、どのくらいの水位なのかをすぐにチェックすべし。ふつうは氾濫注意水位を超えて、氾濫危険水位に迫ると、もうそろそろ雨は止むはずだ。そもそもそういった水位は、あまりなんどもオーバーする数値には設定されていない。

 さて、そこまで降ってしまうと、そう簡単には水は引かない。水位計の場所や、天気、その後の雨量、水系の保水状況などにもよるが、平常水位に戻るまでに5日から1週間はかかる。増水がどういう経過で減水していくのか。それとつぎの釣行の日程との兼ね合いで、ふつふつと期待がふくらむのだ。

 雨が止むと、とりあえず数時間でスーッと水位が下がる川があるいっぽうで、しばらく高い水位が持続する川がある。それは周囲の土地の保水能力、川の流速、支流の数、ダムの有無にもよるのだが、私の好きな川は、いずれもなかなか水が引かない。

 川魚にとって増水は、自分たちの宇宙が広がることだから、非常に活性が高くなる。「魚に雨でスイッチがはいる」ことは学者の先生たちも認めている。

雨は釣り師のともだちなのだ。釣り師が大釣りした経験を思い出してみると、そのほとんどは雨後の増水が引きつつあるころなのだ。遡上魚ならば、雨を契機にいっせいに遡上を開始する。ふだん下流部に居る魚が、雨後の増水期にとんでもなく上流に遡っていることもある。ある流域でふだんイトウが12匹しか釣れないのに、雨後に10匹もヒットすることがある。

経験の深い釣り師ならば、自分のホームリバーの平常水位を知っている。その水位の川景色を熟知している。ついでに平常水位なら、どこが深いか、どこが瀬になり、どこが渕になるか、どこが立ち込めるかはそらんじている。チライさんは、川の水位がマルマルセンチになると、イトウは目印の手前に居るなどという。トラコ君は、雨後の川の水位がある数字になるころ、川歩きは厳しいけれど、とにかくイトウがウヨウヨいてびっくりするなどという。そういうクリティカルな数値はそれぞれの釣り師がマル秘でもっている。それは非常に信頼できる数値で、あまり裏切られることがない。

私にもホームリバーの得意の数値があり、雨後の増水が引きつつあるとき、水位がその数値に近づくとなにがなんでもその釣り場に急ぐ。

小さなせせらぎが中河川の本流に注ぐプールに、ふだん絶対にいないメーターイトウが遡上していて、濁水のなかでドカンとヒットした。

増水して滝のようになった落差工の落ち口に、ルアーを放り込んだら、突然大人ぐらいの頭が現れて、ルアーをパクリとやり、あっという間にラインをぶち切って消えた。

ふだんは波ひとつない中流の大場所が、雨後には波立つ激流と化した。川のべた底を転がすようにルアーを泳がすと、ピックアップ時にゴンと食いついた。それがなんと5回も繰り返し起きた。

こういった夢のようなヒットが、私にも起きた。平常水位のときに行ってもなにも起きない、なにも居ないのがふつうなのに。

大雨が降ると、川はとりあえず手も足も出ない増水になるのだが、それから数日で夢の釣り場が出現する。それはわずか1日、あるいは数時間だけの釣り場だ。それを知ってしまうと、雨もまた楽しい。