イトウ釣りでは、一ヶ所で複数の魚が釣れることは非常に珍しい。それは、野生のイトウが
群れることを好まないからだ。そこで、イトウを一匹一匹求めるには、川伝いに長い距離を歩
かなければならない。ヤブこぎや高まきもあり、たまには泳ぎも加わる。必然的に移動する体
力が要る。私の場合、約1.5qの川中を釣り歩くコースをいくつか作っていて、これをやっ
て帰りに農道や林道を戻ってくると、3時間以上かかる。かなり汗だくである。これを一日二
つか三つやる。合計9時間ほどかかる。かなりの運動量である。夏場のシーズンになると、一
日12時間ほど釣り竿を振っているから、体力的には限界に近い。好きでなければけっしてで
きない。
予定ではひとつのコースでイトウを1〜2匹釣ることにしているが、相手が野生生物ではなか
なか予定どおりはいかない。ライオンですら狙った獲物を仕留める成功率は20%というから、
釣り師だってそんなにぼこぼことは釣れないのである。
さて、こういう週末のスケジュールをこなすには、かなりの体力が要る。まして私も50歳を
すぎている。だから平日からできるだけ体力を落とさないように努めている。まずは、毎朝のラ
ンニングである。目標としては毎日5qを走る。月間120qはかならずクリアする。これは夏
でも冬でも一年中やる。朝アラームが鳴るとごそごそ起きだして、すぐストレッチングをやり、
そのまま戸外に出る。まだ完全に目が覚めていないときも、ランを開始する。走っているうちに
体がだんだん活性化してくる。それほど一生懸命走っているわけではないが、汗もかくし、心臓
も頻回に打つ。一日一回はハーハー息を切らすのはいいことだと思っている。毎回ストップウオ
ッチでタイムを計り、その時間が体のコンディションのバロメーターとなる。
仕事場である病院でもエレベーターは使わない。一階から七階までせっせと昇降をくりかえし
ている。それだけでもそうとうエネルギーを使い、足腰や心臓には負荷を与えることになる。湿
原の川歩きとはいえ、道のりはけっして平坦ではなく、登山の沢登りとおなじように流倒木を乗
り越えたりくぐりぬけたりもする。そういう障害にへこたれないためには、ふだんからこまめに
体を鍛えておかなければならない。最近の若者が、体力的に脆弱なのは、美食、喫煙習慣、運動
不足など様々な原因が指摘されるが、いちばん問題なのは熱中できるものがないことである。人
は熱中できるものがあれば、心も体もあらゆる努力を惜しみなつぎ込むことはできる。その傾注
は、仕事も趣味もおなじである。趣味にかける体力は、仕事にも活きているにちがいない。
イトウ釣りに関していえば、ものすごい体力の釣り師がいる。プロの本波幸一氏がそのひとり
である。なにしろ「南部の寒立馬(かんだちめ)」に例えられるくらい、じっと川中に立ち尽くし
て、一日中竿をふることができる。ここぞときめた場所で釣れようが釣れまいがまったくおなじ
ペースで釣りつづける。一日おそらく12時間以上も、ほとんど移動しないで、食事をとること
も忘れて、一投一投真剣なキャストを続ける。そしていつかは驚くような結果をだす。うわさに
は聞いていたが、隣で竿をふってみると、彼の耐久力には降参するしかない。
道内の釣り師では、週末ごとに旭川から宗谷へ、アブラビレの魚、とりわけイトウを求めてや
ってくるチライさんもすごい。休日の前夜には出発して、宗谷で丸一日あるいは丸二日すごし、
夕まずめの釣りもちゃんとやってから旭川へ帰る。よほど釣りが好きでなければできる業ではな
い。彼は気が向けば、平日でも自宅近くの川で朝釣りをやっているそうだから、実釣にかける時
間とエネルギーは途方もない。そのうえに、自分の釣りのホームページをきちんと管理している。
釣りといえば、リタイアした隠居が、あり余る時間を使ってのんびりと楽しむ道楽とおもわれ
ているかもしれない。しかし実際のトップフィッシャーマンたちは、限られた時間を最大限につ
かう、心身とも壮健なひとびとなのである。