第193話 生涯2匹目のメーターイトウ |
2011年秋の宗谷ではずいぶん雨が降った。釣り師の立場からからいうと、週末やその直前にはいつも雨が降っていたような気がする。川は大増水、濁流となり、どこへいっても釣りにならないような光景を見て、呆然とするのであった。 その日私は稚内を発ち、河口部と上流の2ヵ所を探ってみたが、まるで魚信はなかった。ときおり冷たい雨がばらばらと落ち、川面を叩いた。釣れるような気がまるでしなかった。 最後に来たのは、中河川上流の小さな渕であった。平常水位であれば、ほとんど期待できない小場所で、私がイトウを釣った実績は2回しかない。しかし、この日はいつもの渕ではなかった。増水してボリュームのある大場所と変わっていた。ふだんある砂浜は消滅し、ササ濁りの水が勢いよく流れていた。 「もしかしたら居るかも」と試さずにはいられない釣り場だった。水温は11.1℃。私は岸辺から川に踏み入れ、ふくらはぎまで水に浸かった。ルアーはSugar 2/3 deepという中層を探るタイプのプラグである。それを前方の渦巻く流れに放り込んで、ゆったりと巻いた。1投目はなにも起きなかった。 2投目はやや左前方の河畔林の根本に落として引いてきた。突然、ゴンとなにか硬いものにぶつかったと思ったら、ひと呼吸つく間もなく、いきなりジュジュジューとラインが飛び出していった。根がかりではない。大魚が食いついたらしい猛烈なダッシュである。魚が走る先は瀬の激流となっていて、そこに入られたらアウトだ。私はとっさに滑り出るラインを竿ごと左手で握ってブレーキをかけた。10mほど走った魚は、やっと止まった。負けじとリールを巻いて魚を引き寄せる。またラインが出る。握って止める。ドラグを締めたらラインが切れそうなので、いじらない。少しずつ魚が寄ってきた。張力は緩めずに、上流側へ釣り師が移動して、魚を静水域に持ち込んだ。 「さあ持久戦だ」 水中でときおり魚が頭を振っている。身体が重くてジャンプはできないようだ。やがて魚が浮上して魚体の全貌が現れた。メーターかもしれない巨大魚だ。幸いルアーのフックは腹尾ともに完全に口に刺さっている。フックの1本は下顎に、1本は上顎に刺さっているので大きく口を開けない。これが魚のパワーを封じ込めている。 私はきょろきょろ周囲を見回して、ランディング場所を物色した。やはり入水した最初の場所しかないようだ。そこに持ち込むには、水深の浅い砂利床を通過させなければならない。魚体は横倒しになるから、暴れるかもしれない。明らかに疲れてきたイトウを観察しながら、私は浅場を引きずるタイミングを計り、一気に走った。うまく浅場を越えて、まるで生けすの形をした岸辺の水たまりに引きずりこんだ。深さは15pで、イトウは横倒しとなった。もう逃げ場はない。勝負あった。 私は両膝を使ってイトウの魚体を抑えた。まずニッパでフックを外した。すぐメジャーで体長を測ったところぴったり100pある。メジャーの計り方を変えて、尾びれから顎まで測ってみても同じだ。ここでメーター魚と自分で認定した。胴周は47pだ。体重はタモに入れてバネ秤で計測して風袋を引くと9.7kgだ。銀白色で傷ひとつない美しいイトウだった。頭が小さく腹がぼってりした肥満体で、顔が優しいから、メスであろう。 「長かったなあ」と思った。2004年10月16日にメーターイトウを釣ってから約7年になる。この間毎年1度か2度はメーターイトウを掛けたはずだ。しかしフックが外れたり、伸びてしまったり、ラインが切れたりしてことごとくバラシた。記憶に残るバラシでは、引きの強さになにもできないでラインが出っ放しになったのや、瞬間的にルアーのスプリットリングが伸びてフックをもっていかれたというのがあった。いったいどんな巨大魚だったのか想像もつかない。 私は大河での釣りが苦手なのでメーターとの遭遇が少ない。それでも中小河川で磨いてきた釣技はそこにいるメーターにやっと通用するレベルに向上したのか。私は生涯2匹目のメーターイトウを釣らせてくれた釣りの神さまに深く感謝しながら、100pを水中に放ち、静かに見送った。 |