191話  秋の長雨


 9月になっていままでの少雨を帳消しにするような大雨が降った。台風11号くずれの温帯低気圧が日本海側を、台風12号が太平洋側をそろって北上した。紀伊半島を中心に洪水や土砂崩れの大被害が出たが、北海道にもたっぷりと雨が降った。

 数字が急上昇する河川情報を呆然と眺めながら、週末の釣り場を決めかねた。私のホームリバーは平常水位より3mも水位が上がって、洪水寸前のありさまだ。まるで雪代時期みたいに牧草地まで川が広がっている。

 大川での定点釣りが苦手な私は、増水時期でもどこか立ちこみ釣りができる場所がないかと思案を巡らせる。河川情報の数字の推移をみて、日曜日に出かけることにした。行ってみると、川水はミルクコーヒー色ではなく、やや茶色がかったササ濁りであった。

 水門から川に降りると、岸辺でも腰までと深いが、キャストは可能だった。いつもは水底が透けるほど澄んでいるが、きょうは濁ってまるで見えない。それがかえってよさそうだ。イトウは怒涛逆巻くような瀬ではなく、きっとおだやかな平瀬にいるだろうと踏んだ。あてずっぽうにルアーを放ち、棒引きで巻いてくると、手元でカツンとヒットした。

「やっぱりいた!」と喜んで、タモですくいとった。63pが眼を白黒させていた。

 合流点につづく小道は、すっかりササをかぶって、歩くのに難儀した。どことなく獣臭が漂っていて、すこしうろたえた。この季節は頻繁にヒグマ情報がでる水域なのだ。川は腰深で、流れは重い。いちど合流点まで達したが、魚信がなく、下りながらアップに投げると、やっと出た。可愛い43pだが、予想通り居たのがうれしい。しかし、イタドリの陰にヒグマが隠れていそうな気がして、早々に立ち去ることになった。

 護岸テトラポットが並ぶ渕は、歩きやすくていい。ポンポンと2つのテトラ毎に、キャストを2回繰り返す。魚はどこか流れの穏やかな場所に定位しているはずだ。対岸近くのボサにルアーを放り込み、ゆっくり引いてくると、いきなりジャーとドラグが鳴って、魚が疾走した。手ごたえもなかなかのものだ。テトラの上で蹲踞して、魚が落ち着くのを待って、タモでヒョイとすくった。70pの肥ったイトウだった。

 スポット的な釣りで、3匹も掛けたらもう大満足である。もうすこし釣り場を渡り歩くと、あと12匹は釣れるだろが、私はもう納竿した。あまり欲張ることはない。

翌週も雨で川は増水していた。おなじ水系に入川したが、まったく魚信がなく時が過ぎた。最後に一ヵ所だけ気になっていた場所に立ちこみで入った。水位は腰までの深さだが、雨後のササ濁りで、案外透明だった。目的地は細い支流との合流部でホワイトウオーターだ。そこへルアーを放り込み、2巻きしたところズシンと来た。魚は見えないがかなりの大物で、グイグイと引く。8ft竿が弧を描き、圧力を柔軟に受け止める。ダッシュに備えてドラグを緩めたが、あまり走らない。背中のタモはやや口径が小さいので、すくうのを止めて、砂浜まで引きずることにした。なるべく瀬を避けて、素早く静かに上流を目指し、そこしかないという水草の生えた砂浜に乗せた。イトウは86p・6.0kgの良型でよく肥っていた。

川は2週にわたってほぼ同じ水位、水の色合い、水温であった。秋の長雨は、イトウ釣りの選択肢を狭める。それでも釣りになる所は必ずある。渇水になって、あちらにもこちらにもカラフトマスやシロサケが遡上しているよりは、増水のほうがましだ。遡上魚がうろうろすると、なぜかイトウは姿を消すからだ。