189話  夏の陣


 仮にイトウ釣り夏の陣を、78月と規定すると、この時期にイトウを追っている釣り師はほんのすこししかいないだろう。

 イトウ釣り夏の陣といっても、戦略は二種類ある。ひとつはこの時期だけ岸寄りする大物を狙う釣りと、ライバルのいないこの時期に川を歩きまわって行なう数釣りである。

前者は大河川で、相対的に水温の低い、小魚の群れる場所を探して、喰いのたつ早朝や夕刻に集中的に竿をふり、千載一遇の巨大魚を得ようとするものである。避暑地のイトウ狙いだ。

後者は水温があがり渇水した中小河川をとにかく歩いて、瀬に待ち受けるイトウを釣ろうというものだ。もちろん私はこちらの方だ。

8月最後の週末、水温は朝で18℃、昼になると20℃を超えた。イトウの喰いは渋い。ルアーをふだんの10pから6pに小さくしてポイントを攻めることにした。

5mのササ濁りの川を立ちこみで釣りあがっていく。牧草ロールのゴミの目立つ川だが、気にしてはいられない。水面が沸き立つ瀬が見えてくると、「さあ来るぞ」と緊張す る。左岸から倒れこんだヤナギによって川幅の半分が堰になっている。左岸側から水流に乗せて流しこむと、足元で突然ヒットした。55pの高校生イトウだ。眼をくりくりさせて可愛い。ずっとルアーを追いかけてきたはずだが、水中に立っている釣り師にも気がつかないほど、えさ取りに夢中になっていた魚がいじらしい。

小さな支流の合流点を超えて、なおも遡行するとおだやかな落ち込みがあった。ヒョイとルアーを放つと、黒い影が追いかけてきた。もう一度おなじコースを泳がすと、簡単にヒットした。39pの中学生イトウだ。夏は動く水がポイントなのだ。流れのほとんどない渕などはパスしていい。

つぎの川もほぼ同じスケールである。草の寝方からみて、週末に誰か先客がはいったみたいだ。ちょっとがっかりするが、先客が歩いたあとでも釣れないわけではない。道具仕立てもちがうし、狙い方もちがう。できれば先客が空振りに終わっていてほしい。

瀬も渕もまったく不発で、最後の人工的な瀬に着いた。瀬尻から渕頭はけっこう深くて、つま先立って胸の深さである。ひと息吸ってから、右岸寄りのホワイトウオーターにキャストした。5mほどルアーを泳がせてくると、ん?と思わせる衝撃だ。8ft竿がグンと曲がって、穂先が激しく動揺した。

「来た!けっこうでかい」

最近大物を釣っていないので、水中の魚のサイズが自然と大きく見える。90くらいあると踏んで、無理してタモですくうより。浅瀬まで引きずることを決断した。100mほど下流にランディングにいい場所があるので、そこまで持ちこたえることにした。ミノーの針はがっちりと顎に刺さっているので、大暴れさせなければ大丈夫だ。20ポンドラインを2mほど出して、適度な緊張を加えながら、障害物をかわして下っていった。ジャンプさせないように、ときおり穂先を水中に沈める。最後は水深10pほどの平瀬にズズズと乗せて、キャッチとなった。体長83p、体重5.6kgの立派な夏イトウだった。

北国の夏は短い。2011年の7月は17匹、8月は14匹のイトウと遭遇した。特別の夏ではなかったが、まずまずの釣果に恵まれた。気がつくともうススキの穂が秋風に揺れている。