メーターのイトウを釣るということは、長年の夢であった。私はイトウ釣りを15年やって、数だけは950匹のイトウを釣ったが、いままでの最大魚が95pで、これは1999年6月20日に記録したものだ。それからもう5年間もそれを超える魚には見放されてきた。

 
今までメーターを超えると思われる魚には、3回遭遇した。

 1回目は、1995年11月5日であった。このときは、湿原の岸辺からすさまじい重量感の巨大魚を掛けたが、魚はゆっくりゆうゆうと泳ぐだけで浮上せず、まるで相手にされないように簡単にフックをのばされて魚の姿も見ないで終わった。釣り師の実力が全然足りないと痛感した。

 2回目は、2000年の9月15日で、このときは写真家の阿部幹雄がそばにいた。合流点で上流から下流にキャストして、ルアーが着水したと同時にものすごい衝撃を感じ、PEラインとショックリーダーの間をぶった切られた。魚の姿は見なかったが、ルアーをくわえて怒り狂った魚が暴れまくった巨大な渦を目撃して仰天した。この魚はメーターをはるかに超えていると思った。
 3回目は、2002年9月14日であった。その日はとてもいい釣りをして、8匹目のイトウが問題の巨大魚であった。釣り師の技量はかなり上達していて、ヒットしてからの魚の激しい動きをことごとく持ちこたえ、ついに疲れた魚を浮上させた。九分九厘勝ったと思った。魚の頭は巨大で、口にくわえた11pのルアーが小さく見えた。残念ながら写真家は中国の山へ行って不在だったので、私は竿を左手に持ち替えて得意のファイト撮影に取りかかり、至近距離でシャープな写真を何枚も撮った。最後にもう少し空気を吸わせて疲れさせようとして、竿を持ち上げたところフックがスポッと抜けた。信じられない土俵際のうっちゃりで負けた。

 まさに痛恨の戦歴なのであるが、いま振り返ってみると、まだまだ釣り師としての心技体が充実していなかった。メーターを釣る釣り師の資格ができていなかった。釣りの神様は、「もうすこし勉強させてから、釣らせよう」と考えて試練を与え続けたのにちがいない。
 それにしても1回目は魚体の片鱗を拝むこともできなかったが、2回目には魚の作った大渦を目撃し、3回目は肉眼と写真で巨大魚をはっきり記憶と記録に残した。メーターは確実に釣り師のそばに近づいてきていた。

 2004年10月16日、私は中流を長時間かけて釣りあがり、3匹のイトウを釣った。その釣果には満足していた。天気はすこぶるよくまだ14時だったので、さいごに大河で日没まで気持ちよく竿をふろうとおもった。
 行ってみると、川はほとんど波がない鏡の水面で、いつになく透明度が高かった。川の中を往来するイトウは、ルアーをかなり遠くから視認するだろうと思った。

 
私はどちらかというと大河よりは中小河川の釣りが得意で、大河の釣り方がわかっていなかったが、ことしから、大河ではヘビイタックルで固めて、まだ見ぬ大魚に備えていた。竿は、11ftの天竜で、イトウ用にしては柔らかいが、その分遠投が効く。リールはステラの5000番海用である。ラインはバリバスの20ポンドテスト、ルアーはK-TENのブルーオーシャンという大物狙いの定番である。なんでも来てみろと自信をもっていた。しかも、その日はルアーとラインをいつもと違って、二重にした結びで連結した。
  
 
さて、一投目のキャストではなにも起こらなかった。二投目には斜め45度の上流方向へ軽く投げ、ゆっくり引いてきた。間もなくラインを巻き取るかけあがりで、カツンとあたりがあった。あれ、水底の石をこすったかなと思った。じつはこれが、いわゆる前当りであった。魚が追いかけてきて、ルアーに体当たりしたのだ。念のため同じ方向に同じ距離だけ投げた。リールをふた巻きもしただろうか、ガンとすごい衝撃があり、竿にモロに張力が伝わった。魚を釣っているというより、飼い犬が全力で散歩ヒモを引っ張って走る感じに似ていた。「メーター魚が掛かった」と信じた。
  
魚は何度かリールからラインをグググと引き出した。しかし、ひっぱり放しではなかった。あらためてリールを巻きなおすと、すこしずつ近づいてきた。5m圏で、魚が水面を割って姿をみせた。たしかにデカイし、異常に太いイトウだった。ドタンバタンと不器用な反転を繰り返し、水飛沫をまき散らした。ルアーの腹フックがガッシリと魚の口に刺さっていることを確認し、これなら絶対に外されないと信じた。
 
その日、写真家・阿部幹雄がいないので、ためらわずにファイトシーンの撮影にとりかかった。数年に一度掛かるかどうかの巨大魚が、竿にのっているのに、撮影する余裕なんかないとは思ったけれども、どうしても記録にとどめておきたかった。竿を左手、ニコンを右手に構えて、矢継ぎばやにシャッターを切りまくった。
 
イトウが岸際まで寄ってきた。最後の大暴れでフックが外れることも想定して、私も腰まで水に入って、イトウを川から岸へと追いやった。魚がひたひたの水際で、横倒しになったが、そのままズルズルと陸揚げした。

 
「捕った!」
 
 
竿を陸に放り上げ、魚のえらブタあたりを、両膝で挟んで、フォールした。銀白色が美しいプリプリに肥ったイトウだった。

 まずは、イトウの計測である。メジャーで、下顎の先端から尾びれの先端を測った。100pと101pのあいだである。別のメジャーでも測ってみたが、おなじだったので100pとした。胴回りは50pあった。体重も測った。巨大魚が釣れたときのために常時携帯していた20kg用のバネばかりである。直接には、魚にフックを掛けることができないので、まず輪にした太いひもをえらブタから口へ通して、そこにバネばかりのフックをかけ、ゆっくりと持ち上げる。重い。しかし10.4kgという数字をしっかり読みとった。魚体の黒点の数が非常に多いこと、下顎の先端がえぐれていなくて、全体に優しい印象をうけることから、メスと判断した。頭部と比較して腹部が異常にせり出していた。荒食いしていたのだろう。

 
計測を済ませると、「釣った」と自分で認定した。時計は15時55分を指していた。

 
あとは、ゆっくり時間をかけて、魚体の撮影にかかる。夕暮れ時の斜光が射して魚をピンクに染め上げていた。真上から、斜めから、頭と尾側から、全体もアップも撮りまくった。ときどき魚を水に浸して、回復具合を観察した。得意のセルフタイマーを使った抱っこ写真も数枚撮った。長年やってきたから、構図はぴったりだった。カメラはデジタルであるから、意図した写真がきちんと撮影できていることを液晶画面で確かめることができた。

 リリースはあっさりしていた。イトウを水際の浅い場所に立ててやると、頭部を振ってのろのろと動き始め、勝手に深みへと去っていった。メーターを見送った私は、その日はもう釣りをするモチベーションがなかった。

 
ハンドルを握って帰宅の途についたころ、やたらと喜びがこみあげてきた。家に帰着すると、すぐに数人の友人にメールを送った。

 
「緊急報告100p」と題して。

A word of JHPA president