163話  マルチヒット


 メジャーリーグベースボールでは、一試合にヒットを2本以上打つと、マルチヒットといわれて称賛される。イトウ釣りでもおなじで、1日にイトウを2匹釣ると特別なおもいを持つ。それだけイトウを釣ることは難しいということであろう。

 週末はたいていイトウ釣りをやる地元の私ですら、一日2匹以上を釣ることは容易ではない。イトウは、ヤマメやニジマスと異なり、群れて生息するわけではないので、一ヵ所で複数のイトウを掛けることはめったにない。だから、2匹以上釣るためには、川を移動し、川を変え、汗をかかなくてはならない。

 5月最後の日曜日は、快晴で風もなく、気温も15℃以上あがって、今シーズン最良の釣り日和となった。こういう日はやはり釣れるものだ。中河川の中流部という私がもっとも得意とする場所に立ち込める水位となった。透明度はササ濁りで、これまた最高である。

私は最近腰が痛いのだが、流速の速い川に腰まで浸かると水圧でその痛みが強くなる。だから、あまり深い立ち込みができない。深場は高巻くなど、苦しい遡行がつづいた。それでも、狭い川幅に流倒木が複雑にからむ絶好の魚付き場所で、57pがドスンと出た。一日の早い時間帯に1匹釣れると、いやでも意気が上がり、やる気になる。

 やや川幅の広がった下流側にはいった。

しばらく来ていないが、かつては2回来れば1回はイトウが釣れる大場所である。下流から合流点に近づくと、なにかしら水面がざわついている感じがした。そこで、ミノーを投じてみると、カツンとヒットした。38pの可愛い目をしたイトウだった。なんとなく、まだ居るような気がした。合流点を越えて、本流側の上流から、斜めに合流部にルアーを投射すると、ゴンときた。こんどは58pのまずまずのサイズだった。これできょうは3匹目だ。野球でいえば、猛打賞である。まだ午前中だったから、まだ出ると予想した。

 このあと、20p級のバラシと、50p級のチェイスがあった。つきが落ちてきたので、これまでかと覚悟したが、まだ時間はたっぷりあった。

 大プールとそれにつづく下流への長い直線路をたどってイトウを追いかけてみた。こういう場合、下りながら探すポイントと、折り返して上りながら探すポイントは、異なる。往路には気づかなかったが、復路では、ある渕に対岸から小さな流れ込みがあることを発見した。それでその流れ込みを直撃してキャストしたら、出た。こんどは50pちょうどのイトウだった。こうして、4匹目を釣った。一日4ヒットは、イチローでもめったに記録しない。釣れるときはこんなものだ。

 ここで納竿とした。もう十分だった。私はいつも数釣りを狙っているわけではない。1匹でも90pクラスの大物が掛かると、もうその魚だけで十分満足する。それでも、5月は何匹、6月は何匹とおおまかに目標をもっているので、それを達成するか、それに近い釣果があれば、たいへんうれしい。そのうえ、一ヵ所ではなく、自分が辿ったコースのすべてで1匹が得られればいうことはない。それは狙いが当たった証拠になるからだ。

 私は釣ったイトウがどんなに小さくてもきっちり体長を測り、写真撮影をする。釣れたポイントも撮影する。それをプリントして、釣行日誌ともいえるアルバムに順番に貼り付けて整理している。マニアとか熱中人の整理法であるが、これがまた楽しい。とくに、ある魚が何年か前に釣った魚と同一個体で、その間に10pほど成長していることが分かったりすると、本当にうれしい。