162話  平日の朝釣り


 2010年は季節の進行が遅いので、雪代がなかなか収まらず、イトウ釣りのスタートもそれだけ遅れた。それでも川が平常水位になり、濁りも薄くなるまで待てないのが、釣り師の悲しさである。

 5月中旬の週末にやっとのことで1匹を泥川から抜き上げた。それはそれでうれしい初物であったが、どちらかというとラッキーな出会いがしらのヒットであった。第2号がいつごろ来てくれるか見当もつかない有様だった。

 平日の朝、私はいつものように4時に起きて、市内で5qのランニングをした。晴れて風もなく、早春らしく気持ちのいい早朝であった。

 「これは釣れるかもしれない」とふと思いつき、ランのあと家に帰って汗を拭っただけで、こんどは川へ向かって車で走った。

川面には波ひとつなく、透明度も、水位も平常の状況であった。水温は10.3℃だ。雪代の影響はもうまったくない。

対岸遠くには青サギが立って小魚を狙っている。ライズもボイルもないが、イトウが居る気配は濃厚である。私はにわかに真剣に釣りをはじめた。

10投ほどキャストしてはリールを巻いた。魚信はない。そこで、対岸へ向かってドーンと遠投して、ゆっくりと水底を這わせるようにルアーを泳がしてみた。川の中央をよぎるころ、ドカーンと手応えがあり、水面がモワッと盛り上がった。

 「本当にヒットした!」

 私は反射的に時計をみた。時間がかかるかもしれないとおもったからだ。グイグイとリールを巻き込んで、力任せに寄せてくると案外抵抗がすくない。まもなく水際まで寄ってきた魚は、なかなかの良型イトウである。MM13の腹フックがガッチリと口角に掛かっているので、バレルことはない。それならファイト写真の撮影だ。イトウが反転し水沫をまき散らし、潜り暴れるさまを数コマ撮った。カメラを防水袋に仕舞うと、いよいよネットインの体勢にはいった。大タモをめいっぱい伸ばして、水中に沈め、そこへイトウを誘導して容易にすくいとった。

 「第2号だ。両眼が開いた」

 顔つきはやさしくメスのようだ。体長は83p、体重はタモごとバネ計りではかって、風袋を引くと5.0kgであった。魚体はりっぱなものだ。イトウを水中に放つと、深く沈んでなかなか動こうとしなかった。産卵後で体力を消耗していたのかもしれない。

 二日後のやはり平日の朝、またおなじ川へ行った。その日は風向きが逆なので、対岸に立った。私は向かい風が嫌いなのだ。小高い段丘から澄んだ川を見下ろすと、ヒットシーンを目撃できそうな気もした。それほど透明なのだ。水温9.9℃、おだやかな水面である。入川して10分後、ズドンと来た。もう大物の引きを思い出していたので、なにも慌てることはない。いなすように、あやすように砂礫の浜に導いた。78p・4.6kgであった。この時期だけなのだが、ほんとによく釣れる。おそらく、イトヨかシラウオが遡上していて、それを追うイトウが集まっているのだろう。

 平日の朝飯前に良型イトウを1匹釣って、1時間ほどでさっと引きあげる。気分は高揚して、鼻歌がでる。遠来の釣り師のみなさんには申し訳ないが、これは最北のイトウ釣り師の特権である。

5月下旬にかかったところでイトウ3匹の釣果は例年どおりである。これから季節が深まり、緑が濃くなると、おのずからイトウとの遭遇機会は増える。この上なく幸せな「黄金の月」がまもなくやってくる。