第161話 2010年第1号 |
2010年5月半ばの週末、私はイトウ釣りモードに突入した。例年より春の到来が遅れて、まだ雪代増水が収まってはいなかった。私はホームグラウンドとする川で釣りを予定した。しかし現地で見ると、茶色の濁流が勢いよく膨らんで流れていた。とても怖くて立ち込み釣りができる状況ではない。あっちうろうろこっちうろうろして、ちょいと試しに竿を振ってはみたものの、釣れそうな雰囲気はまるでない。 そこで思い切って上流部へ移動した。まだ川沿いの植物が伸びていないので、遠くからでも川面の様子が見える。過去のデータから、見込みのありそうな釣り場をスポット的に攻めることにした。車を頻繁に移動させて、草地を横切り、ひと振りふた振りしては戻ってくる慌しい釣りである。こんなことをやっていても釣れることはほとんど期待できない。ポイントのみを探ってまわり、まったく魚信のないむなしい時間が過ぎていった。 あと1ヵ所やって、違う川に移ろうと決めた。そこは、護岸された長い渕である。ササ濁りというよりも、濁流に近い流れだ。それでも立ち込めると判断した。水温8.5℃。水に浮かんでも、それほどつらい水温ではない。 周りをカワセミが水面ぎりぎりの低空で飛んでいる。じつに美しい鳥だが、私のカメラ技術では飛行中に撮影することは到底むりである。カワセミは魚食の野鳥であるから、おそらく小魚が渕にいるのだろう。ちょっと期待をもった。 いきなり腰の深さまで入った。8ft竿を振って、10mほど投げた。ルアーは私が小河川で愛用するsumariの9pである。一投目はなにごともなくルアーは戻ってきた。二投目も期待しないで巻いてきたが、ピックアップ寸前にグニャと竿先が曲がった。 「ヒットした!ことし初めてのヒットだ」 半年間忘れていた魚信を味わう余裕はなく、私は必死で対応した。チラと見た魚体はまぎれもなくイトウだ。バラスわけにはいかない。吾ながらぎこちなく、ばたばたした釣りで、他人には見せたくない有様であるが、なんとか寄せてきて、腰に差したタモですくい取った。 「やった!」 タモの中に納まったイトウを、川岸の壁に押しつけて、ルアーの尻フックを外した。そのままメジャーで57pを確認した。カメラ袋からニコンを取り出し、数枚撮影した。こういう一連の動作は冬眠中も忘れていなかった。 ことし最初の1匹としては、小さくもなく大きくもなく、ちょうどいいサイズだった。大きなやつは、つぎに掛かってくれればよい。そのときは、釣り師は落ち着いて対処できるだろう。 イトウを放つと、怒ったようにすっとんで濁り水の中に消えた。 私はいつもやっているように、イトウがヒットした川風景を撮影した。これで1匹のデータとしては完璧だ。 毎年かなりの数のイトウを釣っているが、第1号はいつも特別の存在だ。これで長い冬のオフが終わったのだ。 まだ時間はある。私は第2号を求めて、うんと下流へ移動した。そこはもう立ち込みのできる深さではない。川幅も30mくらいある。竿もリールもルアーも替えて、大物仕様にした。そこで夕暮れまで粘ってみたが、魚信はなかった。南西の風が吹きぬけ、けっこう寒いおもいをしたが、第1号の釣果で心は温かであった。 この時季は産卵を終えたくだりイトウと、ギンピカののぼりイトウが釣れる。第1号はのぼりイトウであった。車で帰宅の途に就いた。すでに日が長くなって、まだ明るいうちに家に帰った。 |