154話  冬に走る


 冬は駅伝のシーズンで、私は大きな駅伝の大会はたいていテレビで観戦している。私の生まれ故郷である京都の都大路を駆け抜ける全国高校男子女子駅伝や都道府県対抗女子駅伝、正月恒例の箱根駅伝はかならずテレビにへばりついて見ている。本州以南の雪のない地域なら、冬がいちばん長距離走には適した季節なのである。

ところが北海道の冬は、積雪と氷点下の低温でランニングには適さない。だが冬にランニングができないわけではない。それどころか、いまではスポーツ専門店にいけば、冬のラン用のウエア、シューズなどギアはたくさん売られている。やろうと思えばいくらでも走れる。

私は年中早朝のランをやっている。眼を覚まして15分後には、かならず走っている。日本最北の街稚内で冬に雪がないなんて考えられない。路面が圧雪状態なら上等だが、アイスでつるつるや、シャーベット状態でびちょびちょの悲惨なランを強いられることもある。路面だけではない。空からも横からも雪が降ってくる。ここは名だたる風雪の街なのである。風速10mの風が吹くと、地吹雪といって雪が舞い上がり、地面を這いずりまわる。そんな状況で走っていると、傍目では狂気のランに映る。

私は稚内を離れて出張に出たときも、ホテルの周辺を走っている。冬の旭川に出張したときのことである。

前夜はある祝賀会に参加し、そのあと独りでスタンドバーのドアをくぐった。私はカクテルやモルトウイスキーが好きで、寒い夜にはいっそう強い酒が欲しくなる。その日は、ギムレット、ドライマティニ、ボウモアのオンザロックを飲んで酔っ払い、若いバーテンダーとランニング談義をした。

「おれはどこへ出張しても、毎朝ホテルの周辺を走ることにしている」

「旭川の夜明けは寒いですが、お身体にはこたえませんか」

「それは大丈夫だ。おれは元南極越冬隊員だからね」

次の日、6時半に駅の近くのホテルを出た。気温は氷点下10℃で、私は二日酔いであった。走るコースは買物公園で、二往復すると4.4`になる。雪と氷の入り混じった道をよたよたと走り、折り返してくると、なんときのうのバーテンがジャージー姿で立っているではないか。

「よう」私は片手をあげて声を掛けると、彼は微笑んで私と並んで走りはじめた。私は60歳で彼はまだ20歳代である。彼は走る速度を私に合わせてくれる。500bほどいっしょに走ると、「ぼくは店のあと片付けが残っていますので」と言って、店のある仲通を右折して軽やかに去っていった。

彼はきのう徹夜で仕事をし、明け方に酔客の私を思い出して、伴走してくれたようだ。私は若者の心意気にすっかりうれしくなって、またあの店で飲もうとおもった。

冬は残念ながらイトウ釣りはお休みだ。オフシーズンには、ルアーを作ったり、フライを巻いたりする釣り人がいるが、手先の不器用な私にはそういう時間の過ごしかたができない。釣り雑誌やビデオはよく見ているが、それもたまにだけだ。そんなオフでもかならずやっているのが、ランニングである。身体を動かしているから健康とはかぎらず、厳冬の北海道の夜明け前に走ったりすると、かえって脳血管障害や心臓病になりそうだが、いまのところ私は痛い目には遭っていない。

スポーツの世界でも、オフの冬にじっくり走りこんで身体を作ったプロ野球選手は、シーズンを通して息切れすることなく活躍するそうだ。私のやっているイトウ釣りは、プロ野球よりもシーズンが長い。還暦をすぎて、明らかに下降線にある私の体力が、冬のランニングでシーズンを乗り切れたらうれしい。