152話  2009年シーズン総括


 すでに年が明けたが、2009年のイトウ釣りを振りかえってみたい。

 春は例年より早くやってきた。イトウ産卵を観察に行くと、ゲート閉鎖された道道を、間道から入り込んできた2台の四輪駆動車が上がってきた。いかにもうさんくさい二人であったが、私の目の前で捕獲行動を取ることはなかった。法的には遡上したイトウを捕獲することを止められないが、これはサクラマスの密漁よりはるかに罪が重いと私は考えているので、連中の写真はしっかり撮っておいた。

 イトウの産卵はあらかた終わったゴールデンウイーク後半の5月3日からイトウ釣りをはじめた。川は少しずつ雪代が引いていったが、なかなかヒットはなく、5月9日になってようやく第1号23pがでた。いかにも私らしい小学生イトウだ。こういった再生産の証である小魚がいることに意味がある。5月のまだ河畔の樹木が伸びていないころに、フットワークよく川を歩き回るのは楽しい。5月は10匹の釣果であった。

 6月はイトウ釣り師ドル箱の月だ。毎年6月は20匹を超える釣果があるが、2009年は苦戦した。いるべき大場所小場所にイトウが居ついていないのだ。主として宗谷の3河川を歩き、合計19匹を釣ったが、20匹の大台には到達しなかった。

 7月はまったく目論見が外れた。これは、全道を襲った冷夏の影響だ。雨が降りつづき、川の水位は上がり、濁流が流れた。日照時間が極端にすくなく、夏とはいえない肌寒い日々であった。私は得意とする中小河川の立ち込み釣りがほとんどできなかった。7月に6匹という釣果はひさしぶりの大不振であった。そんな状況で91p・6.3kgが出たのは一陣の光であった。

 8月になって、ようやく平年なみの日射と気温が戻ってきた。私は喜々として川に通いつめ、87p、92pを含む13匹を得ることができた。このころ、チライさんはもちろん、Fujiさん、torakoさんが大物を連発して、イトウの会HPの掲示板をにぎわしてくれた。私には若い彼らのような爆発力はないが、地道に釣りつづけて、それなりに満足していたのである。

 9月には不振を一掃する釣果をあげたいと意欲を燃やした。しかし、大爆発には到らず、やっと10匹にとどまった。私の釣法も例年の中小河川一辺倒から、大河重視にすこし変化しつつあった。

 10月も鳴かず飛ばずではあったが、8匹を釣ることができた。この頃になると、もう大釣りは期待できない。1匹1匹を拾って積み上げていく。

 11月は例年並みに厳しい。時間をかけて、ようやく3匹を釣った。年末を迎えて、私は週末の時間も仕事に費やするはめになり、釣りそのものもできなくなった。12月の釣行はたったの1回に終わった。

 振り返ると、各月全般に不振であったが、特に冷夏が痛かった。7月に予定よりマイナス10匹となって響いた。

 私は毎年ほぼ同じ流域でほぼ同じ回数の釣行を行なっている。それで毎年平均83匹のイトウを釣ってきた。ことしは例年より14匹少ないのだが、この数字から、イトウが減ったとは考えていない。気象条件がわるく、私が釣れなかっただけの話だ。

 2009年シーズンが終わって、私の生涯釣果は1319匹(安打)となった。2000本安打まではまだまだ遠い道程である。仮に体長80p以上を大物(本塁打)とすれば、67本塁打である。安打は積み重ねているが、スラッガーとはいえない成績である。しかし、私が本塁打ばかり打つようになったら(大物しかいなくなったら)、イトウの絶滅は近いのだから、この成績がちょうどいい。

 イトウの会の会員は2009年忘年会の時点で11名に達した。最近は若者の数が増えて、活気がある。まだ経験・技量ともに拙いが、そのうち追いつき、追い越されるにちがいない。