第150話 伝 説 |
釣り師の役割のひとつに、伝説の巨大魚を実際に釣ってみせて、実在を証明することがある。北海道は広く、イトウを狙う釣り師は約1000人いると推測するが、その人びとがいったいどれくらいの確率で、巨大魚を掛けて、釣り上げているのだろうか。 私は宗谷にいて、みずからイトウ釣りに精をだしているが、イトウにまつわる情報にもアンテナを張っている。私の周りにはイトウ釣りの達人が数人いて、それぞれが毎年のようにメーター級のイトウを釣る。メーターイトウは数少ないものの、確実にいると分かっている。 しかし、110pとなると、最近はうわさを聞かない。「イトウおじさんの話」で取り上げた確実な110p以上は、本波幸一さんの111p・15.1kg、イトウの会の川村謙太郎君の110p、そして残念ながら声問漁協の冷凍庫に保存されていた117pのたった3匹である。 イトウの120p以上はいまや伝説になりつつある。120pのイトウは、約20kgあるはずだから、100pのイトウの体重の約二倍である。これは、メーター級イトウとはまったくスケールが異なる。研究者の小宮山英重さんに聞いた話では、120p級のイトウの産卵では、巨体が川床の砂利を擦るザワザワという音が聞こえるというのだ。 さらに天塩川で大物を狙っている釣り師の目標はなぜか150pと相場が一致している。150pといえば、40kgから50kgの巨体であるから、いれば目立つはずだ。大河の真ん中にイルカのような背中を見せたとか、ルアーを追って足元までやってきた圧倒的なフォルムに肝を冷やしたとかいった目撃談のうわさは聞くが、写真や動画でそれを見たことは一度もない。本当に日本の川にそんな巨大イトウが生存しているのか。 私は稚内から札幌へJRででかけるとき、かならず天塩川側の席にすわる。車窓から望む幌延の大屈曲や、問寒別川の合流点や、筬島の北海道命名地などの絶景を食い入るように注視しているのだが、そういった豪壮な川風景は、巨大魚伝説にふさわしいものだ。あの風景のどこかに150pが潜んでいるとおもうと、武者震いもおきる。 さて、伝説になりつつある巨大イトウをなんとか釣ろうと試みている人びとと会い、その仕掛けを見せてもらうと、さすがにいろいろと工夫している。本波幸一さん自作のロッドやルアーは150p対応といわれ、堅牢かつ美しい。チライさんのショックリーダーはさすがに太い。Fujiさんの仕掛けなどは、驚くほど手が込んでいる。私のナイロンライン22ボンド直結の市販ルアー仕掛けでは、あまりに安易で120pでも太刀打ちできないかもしれない。 掛けたはいいが、なにもできないままラインを引き出され、スプルーを空にされたり、フックアウトやラインブレークの憂き目にあったりすることは、大物狙いの釣り師ではたまにあるという。「なにもできない」というのは、一度経験してみるとよくわかるが、魚の圧倒的な走りの速さ、重さで、竿やリールでのコントロールがまるで効かない。たまに大物のスレ掛かりでもノーコントロールを経験するが、驚嘆と同時に恐怖すら感じるものだ。 私は有名なエゾシカを呑んだイトウの伝説を信じたいが、さすがにそんなイトウをイメージすることはできない。釣り師は釣り師らしく、掛けた魚や逃がした巨大魚の話を信じたい。経験豊富で腕も確かな釣り師が、掛けた巨大魚は、さまざまな表現で表される。去年いちばん衝撃をうけたのは、出狸化小爺さんが二度にわたって掛けて「なにもできなかった」巨大魚で、「尾びれがうちわのようだったと」いう表現だ。私の手元に長径25pのふつうのうちわがある。こんな尾びれをゆさゆさ振るイトウがいたら、おそらく体長150pあるにちがいない。 |