第149話 風 雨 |
晩秋から初冬にかかるころ、毎年のように季節が行きつ戻りつする。寒冷前線と低気圧がつぎつぎとやってきて、雨を降らせ、風を吹きつける。こういった悪天候は、いたし方ないもので、終盤のイトウ釣りには避けられない。 11月14日、15日の週末もそうだった。前日夜は、イトウの会の忘年会で深酒をしたので、14日に私が起きたのはもうすっかり明るい7時ころだった。雨がしとしと降り、気象情報では天気は下り坂で、午後には風雨の強い嵐が予想された。 「釣りになるのは、午前中だけ」と感じた。そこで、二日酔いのまま9時には出発して、川へ向かった。牧草地を横切って、河畔の森に達すると、落葉のせいで森がずいぶん見通しよくなっていた。茶色から灰色の冬枯れの色合いが心にしみる。濡れた落ち葉をエゾシカが踏んだ跡があちこちに残る。けものにも厳しい季節が迫っている。 川は水位と色合いが非常によく、水温も3.7℃とわるくない。直感的に釣れるとおもった。「島」と名づけた大場所から、ゆっくりと川中を上流へ歩いて、「刈り分け」に向かった。右岸のエゾシカが「キューン」と危険信号を発した。「刈り分け」は長い渕になっている。いつも挑戦する場所だが、ことしはずいぶん期待を裏切られた。 「刈り分け」の手前で大きく息を吸い込み、祈るようにプラグを投じた。一回目は魚信なし。二回目も三回目も手応えがない。それでも晩秋には一番期待できる場所なのだから、あきらめなかった。四回目を上流左岸側に遠投して、ゆらゆらと引いてきた。あと数メートルで巻き取るというところで、ズンと突き上げるような衝撃が加わり、反射的に竿を3回あおった。魚が下流に走って、片手では抑えきれない。けっこう大きいぞとほくそえんだ。私は幅10mの川の真ん中にいるので、魚がどこへ逃げても十分に対応できる。ときどきいい感じでドラグが鳴って、私は釣りの喜びにふけった。結局、浮上したイトウは、タモですくい取った。イトウは72pの薄っすらと婚姻色が残るオスあった。 この時期には、一日1匹の釣果があればもう十分である。満ち足りた気分で川からあがって、車に戻った。しかしまだ時間があったので、大河に足を伸ばして、膝まで立ち込んだ。雨脚はどんどん強くなり、背後から突風が吹いて、川面に雨の水滴が転がる不思議な現象も見た。風雨にさらされて、身体が冷えてきたので、逃げるように車に駆け込んで、その日は納竿となった。 15日はもっとひどい風雨になっていた。無性に釣りがしたくて、手近な川の下流へ様子を見にいった。北東の烈風が川面を激しく揺さぶりながら通り抜けていく。水面に浮かぶカモメやカモの姿もまばらだ。上流へ偵察に行くと、状況はもっと悪く、川は洪水を起こし、牧草地のへりを浸すまでに膨れあがっていた。しかたなく竿を出すまでもなく、いったん帰宅した。 午後になって、風がいくぶん収まってきたので、再度出陣した。風を背中にうける側に立った。川の流れは速く、濁りもきつい。ルアーを風下へ投げると、風に乗って小気味よいくらい遠くへ飛んでいく。風と直行する方角へキャストすると、楽に45度くらいは方向が変わる。こんな悲惨な天気の日に釣りをする酔狂者はほかにはみあたらない。それでも肉体的にはきつくても、精神的には非常に開放されて、心地がいい。 しかしついに奇跡はおこらず、あたりは夕暮れに沈んできた。やっと納得して竿をたた み、大タモの柄を縮めて、車に帰った。エンジンをかけ、エアコンをいれると、たちまち窓の内側がくもって視界が消える。外気温は3℃だった。 秋雨が雪に変わり、風が収まり、川の水面がとろりと粘っこくなったころ、私の専売特許でもある氷の川の釣りがはじまる。 |