145話  夏の検証


 2009年の北海道の夏は天候不順であった。多雨と日照不足の低温で、宗谷では農業にも漁業にも観光業にも大きな打撃を与えたが、イトウ釣りにも深刻な影響を及ぼした。雨が断続的に降ると、河川が増水し、濁り、魚は姿を消した。いっぽう、例年の夏の渇水や、高水温、藻の繁殖が避けられ、釣り師にとってありがたい状況も生みだした。しかし、ヒグマがふだんの何倍も人里で目撃されるという事態も発生した。とくに日本海側水系では河畔の森を伝わってヒグマが移動したので、釣り人がヒグマと遭遇する事態も生じた。

 こういった状況のなかで、私は得意とする河川中流の釣り場を取り上げられる形になり、7月は大苦戦をしいられた。例年なら7月に一日竿をふって釣果がないなんてことはなかったが、2009年にはそういう情けない事態になんどか陥った。

 そんな時ホームページゲストのtorakoさんがお盆休みの4日間で、90p級を4匹、80p級を1匹の計5匹のイトウをたてつづけに釣ってみせたのは驚きだった。いままで夏の一番暑い時期に、イトウの大魚が複数で掛かったという記憶はない。

 もちろん彼の釣り場を明かすことはできないが、なぜ夏のいまその場所にイトウがいるのかを検証しなければならないと思った。私は彼の釣り場に行ったことはないが、見当をつけて出かけていった。

川は大河である。幅広く、深く、しかしとても澄んだ流れだった。私はヨシ原をかき分けて、川に到る小径を整備した。釣り座を3つ作った。べつにきょうすぐに釣れなくてもかまわない。できるだけ居心地のいい釣り座にしたいとせっせとヨシを踏んづけて、6畳間くらいに広げた。掛かったときにランディングする浅場もわきに作った。

 川の水温は20℃であった。おそらく、イトウがクルージングするあたりの深みなら、2,3℃は低いにちがいない。つまり、いまここはイトウにとって適温なのだ。

キャスティングをはじめると、足元の水中を60pほどの魚が群れて通り過ぎた。びっくりしたが、それがカラフトマスであることがすぐわかった。10pほどのウグイの稚魚もあちこちに泳いでいる。水底にへばりついているのは、ドジョウの仲間であろう。そこで分かったのは、イトウにとって餌魚となる魚がたくさんいるということだ。

しばらくキャスティングをしていて、川面に浮かんだ木の枝がゆっくりと下流から上流に向かって流れていることに気がついた。ここは海の潮汐の影響をモロに受けていたのだ。

水温、餌魚、潮汐に加えて、河畔林の陰、反転流、雨後のササ濁りなどの好条件がそろったとき、おそらくここには巨大イトウがたくさん回遊するのだろう。私はtorakoさんが一日に4度も大物を掛けた理由が分かった気がした。その日は、釣れなかったが、納得して帰った。

日をあらためて大河にやってきたとき、立ち込めるポイントを見つけた。腰くらいまで、立ち込んで、存分に竿をふった。ときおり、ルアーの射程距離の外ではあるが、大きな魚が背中を出して、なにかに襲いかかった。いつの間にかカワウが数羽、川に浮かんでさかんに潜行を繰り返していた。川の中はにぎやかな様子だった。ふと目を足元に転じると、私の足先から2mもないところに80pはあろうかという立派なコイが2匹も定位しているではないか。本当に私を杭だとおもったのかもしれない。

その日、夕方まで粘って、赤黒く日焼けし、肩も抜けるほど投射をくりかえし、やっとイトウ78p・4.4kgを釣った。それはうれしい獲物だったが、そんなサイズではない巨大イトウがおそらく見える範囲には何匹もいるにちがいなかった。その証拠に、ものすごい水柱が沖合いで立ち、長い時間をかけて波が水際まで届いた。もし150pのイトウが生息するポイントがあるのなら、それはきっとここだろうと確信した。

一週間後にまたやって来た。まだ8月だが、すでに爽やかな秋の気配がした。朝から鏡の水面に立ち込んで、竿をふったが午前中は当たりがなかった。午後になって西風が吹き、川にうねりがでた。上流側にキャストし、岸辺ぞいに引いてくると、5mの近さでズンと魚が食いついた。なんどもドラグを鳴らしたが、最後は浮上してネットに収まった。92p・5.7kgのややスリムな大物だった。

二度のヒットで、イトウがここをクルージングしていることは分かった。それほど魚影が濃いわけではないが、一日になんどかは確実に岸近くを通る。じっくり粘れば釣れる可能性は高い。運がよければマルチで釣れる。釣れたら魚は大きい。これは魅力的な釣り場だというのが検証した結論だ。