141話  土曜日


 6月下旬の土曜日の朝、私はポンピラ温泉ホテル(ポンピラ・アクア・リズイング)の広い客室で目を覚ました。稚内から約100`の距離だ。仕事を終えてからでも泊まりにいける。

一年でもっとも日中の時間が長いころであったが、さすがに朝3時ではまだ薄明だった。窓の外は通る車も人もなく、森閑と静まりかえっていた。

 いつもの通り、ストレッチして、ホテルの外に出ると、ひんやりと肌寒い。さっそくランニングを開始した。ホテルを起点に大河に架かるふたつの大橋を巡るランニングコースをゆっくり走った。欄干から見下ろす川面には、小魚のライズがあちこちに見えて、期待がおおいに高まった。

30分ほど走って、心地よい汗をかくと、Tシャツを脱ぎ捨て、いつもの釣りの出陣服に身をかため、3時45分に出発した。予定の川に着いて、15分ほど土手道を下流に歩き、ヤブをかき分けて入川した。まだ4時30分である。本州にこんな川があれば、土曜日の早朝に釣り人の姿がないなんて、奇蹟のようなものだろう。川中に立ち、ロッドとリールの感触を確かめるようにひと振りした。イトウが釣れたのは5分後であった。瀬尻から青黒い渕に変わるホワイトウオーターに放り込んだルアーに、しっかりと50pが食いついたのだ。川を遡行していくと、大きな渕のど真ん中でまたイトウがヒットしたが、今度はバレた。このルートの最後を飾る合流点で遠投すると、小魚がスレ掛かりしたが、これがイトウで、24pの小学生だった。朝飯前にイトウ2匹の釣果である。

大河で竿をもうひと振りして、ホテルに帰った。まだ6時40分だ。朝風呂を浴び、朝食に舌鼓を打った。非常に豊かな朝の時間を満喫して、チェックアウトした。一泊料金は二食付きで7850円であったが、これが高いとはおもえない。

こうして土曜日がはじまった。残念ながら昼ころから雨が降り始めた。遡上してきた外道はうるさくヒットするが、本命のイトウは姿をみせない。そこで、宗谷管内に戻って、豊富の町でカツカレーを昼食に食べた。カツ丼にしてもカツカレーにしても、ドスンと腹に残って、有効なエネルギー源となる。

すでに雨による増水とササ濁りがはじまっていたのだが、一発大物を狙って、幅は5mと狭いが河原のない深い流れに挑戦した。左岸を歩いて下り、入水できる場所を探し、やっと川床に足をおろした。腰までの深さがあり、上流に釣りあがると、どんどん深くなって、もう限界かとおもったころ、ズシンと大魚が竿をしならせた。重々しいイトウ独特の首振りや、ラインを引き出す強い引きに耐えて、魚を水面に浮上させ、腰のタモでうまくすくいとった。タモを岸の泥壁に寄せて、膝で固定し、魚の体長を測った。フィッシングベストの背中のポケットからバネばかりを取り出し、タモごと計量した。体長76p、体重4.1kgであった。タモに容れたままイトウの写真を数枚撮影した。立ち込み釣りに習熟すると、こういった一連の作業をすべて川中で行なえるようになった。イトウをリリースすると、またつぎの1匹を狙って竿をふった。しかし、雨脚が強まって、鉄砲水の恐れもあったので、早々に退散した。川を遡行しヤブをこいで車に戻ったころ、雨は本降りとなったので納竿した。

 こうして15時ころには、自宅に帰った。軽い一泊旅行とはいえ、うまいものを食って、温泉に浸かり、イトウを3匹釣ったら満足である。時間にすると丸1日にもならないし、車の燃料費と宿泊費と昼食を足しても1万円を多少上回るくらいだ。こういう車の旅が道北ではあちこちでできる。

 全道各地や本州から宗谷にやってくるイトウ釣り師は、どんな土曜日をすごしたことだろう。ひとそれぞれの行動パターンがあるだろうが、みなさんもイトウ釣りだけではなく、北の旅を楽しんでもらいたい。