136話  5月のイトウ釣り


 5月はイトウ釣りの釣りはじめの月である。北国宗谷の5月は、一点の雲もない快晴の空、天高くさえずるヒバリ、いっせいに咲く野の花など、この世の天国かとおもうほど快適な季節である。

 しかし、そのころのイトウはどこにいるのかなかなか見当がつかない。上流で産卵に参加した成魚は、すぐに下流部から海に駆け下って、体力回復のために荒食いするという説もあれば、ゆっくりと川を下りながら徐々に体力を蓄えていくという説もある。実際に、5月に釣りをしていて中流でヒットするのは、ほとんど30、40pの学齢期イトウばかりで、70、80pの成魚はほとんどいない。そういった大魚が釣れはじめるのは6月になってからで、彼らがサクラマスや小魚を追って、下流部からふたたび中流部へと遡上してくるものと考えている。6月半ばの中流部でヒットするイトウは大きいが、彼らにはすでに婚姻色はほとんどない。春から初夏へのイトウの移動は相当激しいものと推測する。

 5月の釣りは魚の居場所がなかなか分からないが、釣り人の移動は簡単だ。河畔の森の下草はまだ十分に成長していないので見通しはよく、めんどうなヤブこぎはなく、川辺を歩くのは容易である。川は丸見えで、釣り座も自由に選ぶことができる。ヒグマの心配もまずない。そこで私は5月の釣りは、6月以後を見すえた偵察の意味で、できるだけ広く釣り歩くことにしている。

 5月にイトウを量産しようとしても無理な話だ。一日に1匹釣れれば上等と思わなければいけない。ことしも1匹を求めて5月の原野をあちこちと竿をかついで歩き回った。

下流部がものすごい蛇行を示す川では、私の釣り座から30pも離れていない浅瀬を、背中の真っ黒な怖い顔をしたイトウが、ジロリとにらみながら下っていった。しばらくすると、イトヨの群れがなにかに追われるように泳ぎ去った。そのあとゆうにメーターはあるでかい尾びれのひとかきを目撃した。どうやらここは、イトウの狩場なのだ。しかし、私がルアーをとっかえひっかえしても、まったく無視された。

 ヤマベがたくさん誕生する川では、産卵直後のイトウが、下流に向かわないで、中流の渕でとぐろを巻いていたりする。当然ヤマベカラーのルアーには反応するので、そういった川ではヤマベカラーを常用する。ことしの第2号がそうだった。上流側からの逆引きに、ドスンとヒットした。ひさしぶりに味わうイトウの引きに有頂天になり、背中のタモですくいそこなって、イトウがタモの外に逃げ、ルアーの遊んでいるフックがタモにからむという最悪の状況になったが、そのままズルズルとランディングした。他人には見せられないカッコ悪いタモ入れで、冷や汗をかいた。イトウ釣り師も、シーズン当初はまだ慣れていないので、トラブルが続出する。

 5月は、ふだんは密生した森やドボドボの湿原で、容易に足を踏み込めない川にも達することができる。こういう聖地は、ふだんから二万五千分の一の地形図を眺めて、いつかは行こうと構想を練っておかなければ決して行けない。水位が安定し、なおかつ下草が繁茂しない5月は、訪れる絶好のチャンスなのだ。現場でなにが起きるか分からないので、万全の準備をして、勇気を鼓舞してとにかく行ってみることだ。そこが、パラダイスかあるいはつまらない場所かは、行ってみないことにはなんともいえない。

 私は毎年5月にはイトウを10匹釣りたいとおもっているが、なかなかその数には届かない。黄金の月6月に突入する前に、そうとう勢いをつけておきたいとおもうが、それも難しい。それでも、わくわくうきうきと心たのしいのが、5月のイトウ釣りだ。