130話  オオワシ


 イトウの王国である宗谷は、じつは野鳥の王国でもある。私は鳥には詳しくないので、あまりいろんなことを解説する資格はないが、四季を通じて身近にすばらしい野鳥を見ている。イトウは厳冬期には巡り会うすべがないが、野鳥はいつでも入れ替わり立ち代りやってくるので、冬にもお目にかかることができる。宗谷はバードウオッチャーには堪えられない天国なのだ。

 シベリアやサハリンから宗谷海峡を渡ってやってくる野鳥は、日本海側ルートとオホーツク海側ルートに分かれて、北海道を南下し、さらに本州へとくだる。そのどちらのルートをたどるにしても、最北の稚内は中継地になる。ハクチョウはもちろん、ガンカモ類、カラスの仲間などが季節ごとににぎやかにやってくる。イトウ釣りの合間に、それらの野鳥の姿を望み、鳴声を耳にするのは、釣り師の大きな喜びである。

厳冬期のいま、稚内市の裏山には、土着のカラスがたくさん群れて、その旺盛な生命力を誇示しているが、カラスに混じって、ときどき際立って大きな鳥が旋回しているのを目にする。オオワシだ。翼を広げると2mあるという。黄色の鋭いくちばしと白い尾羽のひときわ目立つ姿は空の王者の名に恥じない堂々たるものだ。

オオワシの姿にはほれぼれするが、ときには稚内市の生ゴミの日に、ゴミステーションに舞い降りて、えさをさがしているのには、がっかりさせられる。漁を終えた漁船が帰港するときも、カモメやカラスに混じって、水揚げのおこぼれを狙うこともある。巨体だから、たくさん食べないと、十分に動けないのだろう。しかし、空の王者には、人間の残飯や漁船のおこぼれなど漁ってほしくないのが人情というものだろう。

林道を車で走っていて、いきなり至近距離でオオワシに遭遇したことがある。オオワシが車のエンジン音に驚いて飛び上がったところへ、私の車が突っ込んで、あわや衝突という場面になった。幸い間一髪でオオワシが2mほど浮上したのだが、そのときフロントガラスいっぱいに羽を広げたオオワシが占拠した光景はすごかった。カッと見開いた鋭い眼、鷲づかみする足指が縮こまって迫ってきたのには肝を冷やした。

3月末になると、私は天塩川の解氷の写真を撮りに車を走らせる。まだ残雪がみられる土手道をゆっくりたどっていくと、あちらこちらの地上にオオワシがいる。かれらは、南風を読んでいっきに宗谷海峡を渡ってサハリンへ帰還する機会をうかがっている。ヒトが車から外へでると、警戒心を刺激するようで、あっという間に逃げるが、車内から観察しながら近づくと、20mくらいまでは接近できる。望遠レンズを装着したニコンを右手に持ち、ハンドルは左手で操作して、運転席側の窓を開けっぱなしでじりじりと近づく。地べたに立つオオワシにはあまり魅力がないが、いったん翼を広げて浮上するとその勇姿はまことに写真向きだ。

イトウとオオワシの接点があるのだろうか。以前、イトウの産卵を観察するために宗谷の川の源流を歩いていたら、婚姻色のイトウがなにかに襲われて食い散らかされた姿で川辺に転がっていた。阿部幹雄は鳥にやられたのだろうと言ったが、確証があるわけではない。そのとき大空を舞う猛禽類を目撃したので、きっとあいつにやられたのだろうと推察した。もしオオワシが真っ赤に染まったイトウを鷲づかみして飛翔している写真がとれたら、大スクープだろう。アウトドア写真家にとって、こんな魅力的なショットは、一世一代の夢にちがいない。

宗谷には空の王者オオワシ、陸の王者ヒグマ、川の王者イトウがそろって生息する。それぞれがどういう関係を保っているのか、興味が尽きない。