126話  地球温暖化の影響


 温室効果ガスによる地球温暖化が叫ばれている。北半球の日本最北の街・稚内も眼に見える形で十年前や二十年前とは異なる冬を迎えている。

2008年は、11月20日前後に寒波が襲い、宗谷は一気に冬景色となった。

 「ことしのイトウ釣りも幕引きかな」と思ったのもつかの間、それ以後はまとまった雪が全然降らないで12月に突入した。ちょっと雪が舞っても、積雪はごくわずかで、すぐに解けてしまう。私が子供のころを過ごした京都の冬のようだ。

 11月最後の週末と、12月最初の週末は所用で釣りができず、都会でいじいじと過ごした。12月の第二週になってやっと時間ができた。まだイトウ釣りが可能なのか、開水面が残っているかと心配した。

 土曜日の朝、10時に自宅を出陣した。この季節になると早朝に川に行っても、浮氷が漂って水温が氷点に近く、釣りにならないからだ。稚内の街を出て、サラキトマナイの電光表示では気温−6℃と厳しい寒さである。それでもだめ元で川へ急いだ。

 とある橋から川を見下ろした。なんと、増水気味ながら結氷などどこにも見られない。これなら釣りは楽勝ではないか。おまけに、雪が少ないから、アプローチ道路を歩く必要もない。るんるん気分になった。

 さて、牧草地の入り口に車を止め、川への道程をゆっくり歩いた。西からはやい速度で雲の塊が去来する。太陽が顔をだしたり隠れたり忙しい。光が来るとモノクロの世界に色がつく。この時季、日差しがあるだけで、暖かい気持ちになる。

 元南極越冬隊員の私は、寒さに非常に強かったが、初老のいまはふつうに寒い。この時季の釣りのウエアは、つぎのようなものだ。上は長袖のウールのシャツ、ウールのカッターシャツ、フリース、そしてフィッシングジャケットだ。下は下着、CWXのタイツ、ブラックダイアモンドのパンツ、そのうえにネオプレンのウエーダーをはく。首にはネックウオーマー、頭はほっかむり型の帽子。足は羊毛靴下にネオプレン靴下。手はフィッシング用手袋。これで氷点下10℃までは大丈夫だ。

 川岸にはわずかな積雪があり、ヨシやササの上に雪が載っている。川は水温氷点下0.7℃、水面にはもやもやしたフラジルアイスが漂っている。これらが、岸にへばりついて、徐々にしっかりした氷盤に成長する。しかし、その日は、存分にキャストし、リールを巻くことができた。それだけでうれしい。

 冬の釣りでは、釣り人は防寒ウエアのせいでなかなかスムーズに動けないが、釣りの道具たちもいろいろとトラブルを起こす。まずラインがごわごわになる。ロッドのガイドがたちまち凍る。リールの回転がわるくなり、ギシギシと悲鳴をあげる。そういったトラブルにこまめに対処しながら、忍耐強く祈るように竿をふることになる。

 12時20分、上流へ遠投したルアーになにかがひっかかった。くそ、根がかりかと思いきや、竿がグングンと生命感のある動きをするではないか。約1ヶ月ぶりに味わう魚の引きに、私は有頂天になり、なにやら自分でもわけのわからない歓喜の叫びをあげた。

 こんな時季に川に転落するのはいやだから、川岸からあまり上体を乗り出さないように、柄の長いデカタモを用意していたので、らくらく魚をすくい取った。今季93匹目のイトウ62pで、ぷりぷりに肥ったメタボイトウであった。肥っても頭部には肉がつかないので、頭は小さく、エラブタから尾側がボッテリとせりだしている。

 写真を数枚撮り、水際に返したが、頭部を斜め下にした状態で、なかなか動きださない。それで尾びれをつかむと、急に怒ったように暴れて去っていった。釣られたショックで失神していたのかもしれない。

 12月にイトウを釣ったのは、2002年以来のことだった。地球温暖化が叫ばれる昨今だが、師走もなかばになってイトウ釣りを楽しめるのはありがたい。凍らない川の中でイトウも暖冬を喜んでいるのではないだろうか。