122話  新規開拓


 北海道はもはやフロンティアではない。松浦武四郎が歩き、登り、遡行した人跡未踏の地はもう残ってはいない。21世紀に生きる探検好きには寂しいかぎりだ。

 しかし、宗谷の原始の面影を色濃く残す河川を舞台にくりひろげられるイトウ釣りの世界では、まだまだ開拓の余地は残されている。

 私は宗谷ですでに20年にわたってイトウ釣りに明け暮れている。最初はイトウに関する知識が乏しく、どこでどういった釣りをするのかも分からなかった。しかし、多くの釣り人が集まる下流部や河口部での釣りをはじめて、こんなやり方では満足できないとすぐ悟った。それが自分独自の釣り場開拓の原点となった。

 釣り場開拓についはては、以前にも書いたので、重複を避けたいが、私は還暦まじかになった今もなお、新規開拓をつづけている。それは、私のいつもの釣り場をちょっと延長するわずかな開拓もあるが、そうではなくて、まるっきり異なる水系のゼロからの出発もある。

 発端はイトウの会の川村謙太郎君がくれた一枚の写真であった。

 「これどこだか分かります?」

 原野に蛇行する川の写真だった。それが私の好きな水系の核心部であることはすぐに分かったが、いったいどうやって撮影したのかは分からなかった。空中から撮ったことは間違いのないアングルだったが、航空写真というにはいかにも低い鳥の眼のアングルなのだ。その撮影の秘密はここでは解き明かすことはしないが、彼が撮影したことはまちがいない。

 「ここに細い流れが合流するポイントが見えるでしょう。ここに黒い点がふたつある。その上流と下流では川の幅がそうとうちがいます。なんだか分かりませんが、どうも変わった期待のもてる風景だとおもいます」

 「分かった。おれが地上から歩いて、確かめてくる」

 晩秋の午後、私はその写真を頼りに歩きはじめた。そうとうな重労働を強いられることは覚悟していたのだが、案ずるより産むが易しで、私はいつもの釣り場探しほどの労力もかけずに、そこに到達することができた。

 「黒い点は2本のハンノキだった」

 その二本のハンノキのうち一本が、本流に枝葉をせり出し絶妙の陰りを川面に落としている。しかも木の根元付近に小さな水流があって、本流に注ぎ込んでいる。小さな合流点の上流・下流ともヨシ原である。おまけに、この合流点を屈曲点として、川は軽くV字に向きを変え、川幅が約1.5倍に広がる。このポイントは最高のイトウ居つき場所でここに居ないほうがおかしい。

合流点の上流部に釣り座を作りはじめた。くるぶしほどの深さの浅い水中の台に立って、竿をふることができるようにした。ヨシは足元まで手折って、目の前に水面が広がった。釣り座の整備にじっくり時間をかけて、納得のゆくように作るのは、いつものことだ。ここはきょう一回だけの釣り座ではないからだ。

本命は右手下流方向岸寄りだが、まずは肩慣らしのつもりで、一投目は本流のど真ん中にルアーをキャストした。根がかりする大体の深さを探っておくのだ。

二投目、いよいよ岸寄りの魚が出るあたりをトレースした。ゆったりと、速くもなく、遅くもなく、イトウを誘うルアーの動きをイメージしながら、流れとは逆方向に曳いた。なにも当たりがないので、ルアーをピックアップしようと竿を持ち上げたら、ズドンとヒットした。大魚ではないが、69pの丸まると肥った秋のイトウだった。予想を裏切らぬイトウの出現に私はたいそう上機嫌になった。

「やっぱり居たよ」

川村君に報告すると、「川の偵察には最高の手段ですね。これなら流域全体の川写真を撮りたいです」とやる気満々である。

イトウの会は、またひとつ釣り場新規開拓の方策を手に入れた。