120話  中秋のイトウ釣り


 9月というのは、年によってイトウの釣果が非常にあがったり、逆にまったく貧果に終わったりする月である。その原因は秋雨にある。長い秋雨が降りつづくと、川は増水して濁り、水温が一気に下降する。ほどほどの雨は、釣りにとっては恵みの雨となるが、雪解け時なみの増水となると釣りどころの騒ぎではない。あふれるばかりに膨れ上がった川を眺めながら、釣り師は神さまの仕打ちを嘆くしかない。しかしことしは幸い釣り神さまが優しかった。9月は晴天つづきで、川の水位は下がり、水温は高めに経過したが、釣りができない状況にはけっしてならなかった。

中秋のころ、私は徐々に上流中流の川中釣りから、深い下流の大物狙いに戦略を変える。その理由のひとつは季節が深まると、イトウが川の上流部へ上らなくなるからだが、もうひとつは水温が下がると川中釣りが体力的につらくなるからだ。

下流といっても河口近くではないので、アプローチにはみずからヨシ原に道を拓かなければならないし、釣り座もひとつひとつ整備しなければならない。それは、急にできるものではないので、夏から少しずつヨシを踏んで造っておく。こういう労働を、釣り人はなかなかやらないで、できあがったところをちゃっかり利用する不届き者が多い。私は頭にきて、最近ではアプローチの入り口を分からなくすることにした。

さて川岸の釣り座に立つと、まずヨシの生える地面と水面の境界をはっきりさせる。それは、水面に全体重を乗せると、当然のように水中に転落するからだ。背がたたない川だから、落ちると上陸することは至難のワザとなる。私のような単独行では、ときによって命取りにもなる。大物が掛かったときに取り込む方法のシュミレーションもしておく。

タモが必要なことはいうまでもない。川釣り師たちが背中に背負っているような小さいタモでは、大物はすくえないので、できるだけ口径の大きいものを用意する。私のは80pのタモで、柄の長さも2.7mある。

釣り座付近に水草が繁茂している場合やヨシが被っている場合には、ある程度掃除をして、できるだけ近くにまで水面を作っておくのもコツだ。

9月下旬の真昼間、ヨシ原のすき間からキャストしては、ルアーを引いてくると、黒い砲弾が追いかけてきたが、食いつかない。そこでルアーのサイズを小さくすると、ドンとヒットした。9.5ft竿を操って、イトウを釣り座に近づけてきた。水草のなかに潜られるとややこしいことになるので、竿操作を駆使して開水面で暴れさせた。さすがのイトウも疲れはじめ、動きが緩慢になる。そこで、左手のタモを水中に沈める。この場合、けっしてタモで魚を追わない。タモが接近すると、本能的に魚は逃げる。タモを沈めておいて、そこへ右手の竿で魚を誘導すればタモ入れは容易だ。

タモのなかでイトウは暴れるが、私はすぐラインを切断して、竿を遠ざける。これで竿が折れる危険は回避できる。イトウとルアーとタモ網が一塊となって、ほどくのに難儀することもあるが、網を水中に浸せば、魚が死ぬことはない。あとは、ゆっくりほどけばよい。

 タモの中で、イトウが静まると、タモごとバネばかりで体重を量り、タモの自重を引くと、5.0kgであった。体長は、メジャーで測定し、83pと確認した。あとは、写真を撮る。アングルを変え、ズームを動かし、納得するまで撮る。この作業中も魚の鰓は水中にあるので、死ぬことはない。

 80p以上の魚は、抱っこ写真も撮りたいが、川岸が立った現場では、独りではできないので、いまカメラを右手持ち、タモのなかの魚を左手で抱え込んで、自分と魚の顔くらい撮れないかと試みているが、いまのところ成功していない。多分、近い将来可能となるだろう。

 長年イトウ釣りをやっていると、いろんな技術を思いつき、道具も工夫できる。釣り場に応じて竿の長さ、タモの大きさ、使う釣法はそれぞれ異なる。伊達に長い年月竿をふってきたわけではない。