112話  動画撮影紀行


 阿部幹雄と釣りにでかけるのは、本当にひさしぶりだった。6月初旬の早朝、稚内の私の家から、ふたりで意気揚々と出陣した。峠をこえ、冬のように寒い谷を下った。車をいつもの位置に駐車し、草ぼうぼうの土手道をゆっくり歩いた。

 阿部の荷物は、じつに大量だ。背中にはでかいフレームザックを背負い、首には左右に振り分けて防水バッグに収めたカメラ2台を掛け、手にはハイビジョンVTRカメラを持っていた。

私は9.5ft竿を持ち、おろしたばかりの新品のウエーダーの心地よいクッションを味わいながら歩いた。

ササヤブをこぎ、ひどく澄んだ枝沢を経由して、本流に達した。シカの足跡は縦横に走っているが、幸いヒトのそれはない。合流点の前後の淵がどきどきするほどすばらしい。小さな瀬のさざ波が、淵に消え、とろみのある青緑の水面となる。濁っているようで、じつは非常に透明だ。泥炭のタンニンが溶け出して、微妙な色合いをみせている。あそこに魚がいないとはとうてい考えられない。

私は、阿部のカメラに絶えず追われながら、魂を吸い取られるような淵に立ちこむ喜びを味わっていた。上の淵に大遠投して、ゆったりとリールを巻きはじめた。トンと軽い衝撃のあと、ブルブルと生命感のある振動が竿から伝わってきた。小さいが、紛れもなくイトウだった。強引に小砂利の浜にズリ上げた。40pの中学生イトウだ。阿部がすかさずクローズアップ撮影した。

「これで仕事は終わりましたね」と笑顔の阿部。私も肩の荷をひとつ降ろした。

淵を突破することはできないので、左岸を高く巻いた。上から見下ろす青黒い淵は、川底まで見通せる。あそこにメーターイトウがいたら、どんな風に見えるのだろうか。

阿部は日本の川とは思えないような原始河川の絶景をバックにして、私にインタビューをこころみた。

「宗谷のイトウは減っているのですか?」

「私の94年から07年の釣りの釣果1157匹の分析では、増えてもいないけれど減ってもいません。とくに、40p級から50p級の若魚がたくさんいることが世代交代が順調に行なわれている証拠となります。イトウが絶滅寸前になると、大魚しか釣れなくなります」阿部と私は、共通認識の知見を、質問し、答えていた。

第二ラウンドは、この川の核心部で、私がローマ水道と名づけた場所だ。川の屈曲部から立ちこんだら、そこが思いのほか深くてズボッ胸まで沈んだ。しっかり濡れたのを目撃され、笑ってごまかす。

ここは平瀬ぎみの回廊だが、水位は高い。そこを釣りあがるのだから、けっこう水の抵抗がある。ルアーを遠投して引いてくると、イトウが追いかけて足元までやってくることもある。それを偏光グラスで確認しながら、アクションを加えて食わせるという高等テクニックを使う。水路の最上流部が深くて波立っている。そこへルアーをスポンと投入して間もなく、ググッと確かな手ごたえがあり、弓なりに反った魚影を見た。バラシそうなので、すぐに腰に背負ったタモですくった。今度は39pのイトウだった。すぐ下流を歩く阿部が危うい体勢ながら、しっかりVTRカメラを廻していた。

望ましいのはもう少し大きなイトウのファイトシーンをキャストから動画で捉えることなのだが、それはなかなか問屋がおろさない。小さいサイズで許してもらう。ムービーカメラの前でイトウを釣り、しっかり撮影することは、そんなに簡単ではないのだ。写真家にそれができるのは、長年のふたりのコラボレーションで、釣り師がいつイトウを掛けるか予測することができるからだ。

その日は、大河から小河川まで歩き回って場所をかえ、大物を探したが、ついに出なかった。それでも「十分使える絵が撮れました」と言ってくれたから、ほっと安堵した。