第103話 えさ釣り |
春がきて、宗谷の川の氷が解け、待ちに待った釣りができるようになった。昨年の12月に納竿してから、わずか3ヶ月しかたっていないのだが、この冬のオフの長かったこと。 イトウ釣りに関しては、私は産卵が済んで、親魚が下流に下ったころから始めるので、まだまだ時間がある。それでも釣りをしないで過ごすほど辛抱強くはない。 そこで準備をはじめたのが、えさ釣りである。もう15年間もやったことがない。どんな竿をもっているのか、針や糸といった仕掛けはあるのか。昔のタックルボックスの埃を払い、道具を板の間にズラッとならべてみた。竿は5.3mの振り出し竿を筆頭に4本もあった。なんとその4本ともに、システムが出来上がっていて、きょうにも使えるのだ。ヤマベから、アメマス、そして多分イトウにも対応できるような仕掛けがそろっていたのだ。 3月最後の土日、私は決然とえさ釣り行に出発したのだ。目的の川は日本海に注ぐ小河川で、春先のアメマス釣りの釣り師たちには人気の川である。 「釣れないでもよし」 そう決めて、まず上流から探ることにした。えさは、イクラ、みみず、サシ虫を用意した。 最初に使ったのは4.5mの振り出し手竿だ。穂先から順繰りに伸ばしていくと、その長さに驚いた。川岸のヨシが全部寝ているので、じつに釣り易い。イクラの付いた針を川の流れにポトンと落とし、毛糸の目印がゆっくりと動くのを静かに見守る。動のルアー釣りとはまったく異なる静の釣りだ。 「こんな釣りもあったのだ」 私は川中を歩くルアー釣りでは、原則として釣りあがっていく。そのほうが、魚に気取られないし、安全だからだ。しかし、えさ釣りの場合は、たいてい釣り下がる。それは、えさ釣りの場合は、川が小さく、ほとんど陸伝いに歩くこと、えさが自然に下流に流れていくのでそれを追いかけるほうが、釣りやすいとおもうからだ。また、えさ釣りの場合は、ボサのなかに「流し込む」という手もある。 土曜日は、三ヵ所を探ったが、当たりはなかった。翌日曜日は、晴れて寒い日だった。水温は2℃台でしかない。河口部を偵察するとルアーマンが数人いたが、あまり釣果はあがっていない様子だった。 そこで、私は中流部のボサ交じりの区間を探ることにした。竿は5.3m、ラインは道糸が1号、ハリスはなんと4号にアメマス針だ。太いハリスがショックリーダーの役割をすると考えたのだ。その間に、両端にリングのついたタル付き錘をはさんだ。えさを急速に沈めて、べた底を探るためだ。 さて、この変てこなシステムで挑んだ。ずっと目印の毛糸は沈黙したままだったが、10時すぎ、ついに毛糸がスーッと横に走った。 「あいよ」と、合わせた。グンと忘れかけていたうれしい手ごたえと同時に、ササ濁りの水中を、銀白色の刃が走る。キーンキーンと糸鳴りの音がする。これぞ川釣りの醍醐味だ。 ルアー釣りのように強引にリールを巻いて魚を寄せることができないから、竿を高く掲げて、上手に魚体を岸辺に誘導しなければタモ入れができない。えさ釣りは、相当なテクニックが要ることが改めてよく分かった。 獲物は42pのギンピカのアメマスで、びっくりしたような眼をしていた。えさ釣りで釣ったからといって、持ち帰るつもりはないので、いつもどおり、水中に放つと、ギラリと反転して、サッと消えた。 私は1匹で十分満足したので、納竿して、帰途についた。農道を歩きながら、ふとイトウもえさで釣れないかと思いついた。本流釣りといって、手竿でシロサケやキングサーモンまで釣ってしまう細山長司さんのような渓流釣りの達人がいる。私も川中に胸まで立ち込んで、長尺竿を満月のように絞る大物イトウと闘ってみたい。イトウが豊富なちょうどいい川を知っているから、案外と本流イトウ釣りの実現は近いかもしれない。 |