100話  イトウ百話


「イトウおじさんの話」がいつのまにか第100話を迎えた。題して「イトウ百話」である。イトウという一種類の釣魚についてそんなに書くことがあるのかとおもっていたが、やっぱり百は余裕でクリアした。私がシーズン中でもオフシーズンでもいかにイトウに熱中しているかわかってもらえるだろう。飽きずに読んでいただいた読者にこころから感謝したい。

まずイトウという主役の魚だけでも相当に書くことがある。その巨大さ、希少性、独特の風格、美しい魚体、春の産卵、悪食、長寿、伝説など物書きにとってはじつに書き甲斐のあるキャラクターだ。イトウの生態が研究者によってすべて解明されているわけではなく、われわれ釣り人が偶然目撃した驚くべき新事実もあるだろう。そういう知られざるイトウにも着目していきたい。

ついでイトウが棲む環境がおもしろい。いま日本のイトウの8割は宗谷に棲むと私は想像している。激しく蛇行する源流、うっそうとした原始の森、人跡未踏の中流、神秘の湿原地帯、そして深く広い下流部から怒涛逆巻く北の海。宗谷には、川の王者イトウのほかに、陸の王者ヒグマ、空の王者オオワシもいる。王者たちがたがいに遭遇する機会もあるにちがいない。日本最北のイトウを育む自然環境は、世界自然遺産に登録したいほど価値のあるフィールドであり、私は四季をとおしてどっぷりと浸っている。

さらにイトウにまつわる人びとがおもしろい。魚類研究者や釣り人といった直接にイトウに関わる人びとだけではない。漁師、酪農家、警察官、土木業者、森林管理者、写真家、映画俳優、画家、陶芸家、教員、喫茶店主、営業マンなど多様な職種の人びとがどこかでイトウと私とにつながっている。そういった人びととの丁々発止のやりとりが人生をまことに彩り豊かにしてくれる。

最後にイトウに熱中する釣り人たちが格別におもしろい。私も当然そのひとりなので、あまり他人のことをとやかく言えないが、とにかく全国から集結する「イトウ命」の人びとには驚かされる。有名無名、上手下手、老若男女、地元組遠征組の違いはあっても、そのイトウにかける情熱、執念、狂気はすさまじく、私との釣り場や夜の居酒屋での交友もきわめて熱烈濃厚なのである。こういう愛すべき熱中人とのイトウ談義は本当にわくわくして尽きることがない。

私は「イトウおじさんの話」で上記のようなテーマでさまざまなストーリーを書いてきた。イトウから逸脱してしまった話もあるが、わずかでもどこかでイトウとの接触はあったはずだ。

登場人物でしょっちゅう出てくる常連もいる。本波幸一名人、チライさん、写真家・阿部幹雄らがそうだが、おそらく読者のみなさんにもおなじみになっているに相違ない。常連の人びととは、ホームページ上だけではなく、私信も頻繁に往来している。

あるとき「イトウおじさんの話」をすべて印刷して釣行に持参している釣り人のうわさを聞いた。これが事実だとしたら作者冥利に尽きるうれしい話だ。私は釣り場に関しては、具体名を避けているが、なんども宗谷の川を歩き回っている釣り人なら、「きっとここを書いたに相違ない」と納得される場所に遭遇することであろう。

「イトウおじさんの話」がいつまでつづくか私も見通しがたたないが、イトウ・宗谷の自然・人びととの交友が存続すれば、おのずから話はづづくであろうとおもう。

「イトウおじさんの話」にはプライベートすぎてアップしていない番外編もあって、これは当事者にしか読まれていない。

というわけで、「イトウおじさんの話」にこれからもおつきあい頂ければとてもうれしい。